「岸惠子自伝」と有馬稲子

岩波書店から「岸惠子自伝」が、さきごろ出版された。ちょうど一年前の2020年5月、日本経済新聞に「私の履歴書」が連載され好評だった。この連載を全面的に書き直されたのが、今回上梓の「自伝」。昭和40年代から映画館で見始めた筆者は、ちょうど岸さんがイヴ・シャンピ監督と結婚のため渡仏中の時期に当たり、その部分の思い出がなく少々不満がある。昭和47年(1972)松竹「約束」と同50年(75)東宝「雨のアムステルダム」などである。
一番ふれていただきたかったのは、松竹の小津安二郎監督と「早春」(同31年・56)以来二度目の仕事になるはずだった翌年の「東京暮色」。「岸惠子自伝」によると、『「雪国」の撮影が長引いたため、小津安二郎監督がわたしのために書いてくれた「東京暮色」にも、今井正監督の「夜の鼓」にも出演できなかった。二つの役は「にんじんくらぶ」の有馬稲子さんが演じてくれた』とある。一方、筑摩書房から2018年に出た「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」のカバー表紙は「東京暮色」で、本文には『最初、岸惠子さんがやるはずだったそうです。でも私、「東京暮色」の有馬稲子は悪くないと思うんですよね』とかなりの思い入れなのだ。そのあたり、ご健在のお二人にじっくりと聞いてみたいものだ。

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