コラム|主客転倒の音響

『このところテレビの視聴時に困ることがある。効果音やバックミュージックが響きすぎて、出演者の声が聞き取りにくい。あまりに音が氾濫しすぎて、私には雑音のように感じる。もっと言葉を中心に中身をしっかりと聞かせるような作り方をしてほしい』という投書が、新聞に載っていた。だがこれは、テレビだけの問題ではなく、映画の場合でもあまりに音楽が大きすぎて困ることがある。
角川春樹氏がかつて“読んでから見るか、見てから読むか”という惹句(じゃっく)を作って、大々的に作品セールスを展開したことがあった。その時、角川氏は『映画は作品の出来、音楽、宣伝、この3要素がうまく稼働してこそ、興行的な成果をもたらすことができる』という“三位一体論”を提唱した。これまで音楽は伴奏の域を出ることはなかった。黒澤明監督はクラシック音楽を使うことで知られていたが、それはあくまで物語の展開を盛り上げる手段にすぎなかった。その音楽を主役のパートに引き上げるというこの発言は注目された。
時代は変わって、いまはすべてドルビーの耳を聾(ろう)するような大音響が腹にこたえるという作品が、特にスペクタクルものに多い。これは主客転倒というべきか。