コラム|終戦直後の米国映画

日本敗戦の1945年(昭和20年)、その12月には早くもアメリカ映画「ユーコンの叫び」が焼け残った東京の映画館で公開された。当時9月13日付の新聞報道によれば、マッカーサー元帥は日本の復興策の一環として映画の輸入を強く推進。米映画60本が日本向けに本国から送られたとある。
「ユーコン~」は終戦前に日本に在庫されていたストック作品を上映したとみられるが、戦後輸入映画の第一号は、翌年に公開の「鉄腕ターザン」やグリア・ガースン主演の「キュリー夫人」、ディア・ダービンの音楽もの「春の序曲」などで、入場料金は日本映画の3円に対して10円と3倍以上高かったが、外国映画に飢えていた日本人が殺到した。これらはみな日本語字幕入りで、その後公開の反ナチ映画「ラインの監視」に続いて、モロッコが舞台の悲恋もの「カサブランカ」がイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードの熱演で評判を呼んだ。
一方の日本映画は、時代劇の製作がすべて禁止され、GHQが推薦する初の接吻映画「はたちの青春」を見た観客は、そのシーンに思わずツバを飲み込んだという。