コラム|野武士集団の撮影所

2008年(平成20年)発行の「映画論叢」2月号(丹野達弥編、樹花舎刊)に、布村健氏が「満映、特高、アナ・ポル…極私的東映および教育映画部回想」なる一文を書いている。
満州映画協会(満映)から発して東映の基礎となる東横映画→東映と続くこの会社の事情を実地経験者の立場から描き、その間の東映教育映画部に関わる明と暗を細緻にわたり紹介。東映に昭和34年入社以降、常に映画製作の第一線で活躍した氏らしく、登場人物像が具体的に示されていて興味深い。京都市右京区太秦の一角に戦後創設された東横映画は、満映の設立に関わった根岸寛一、マキノ光雄らによって引揚者の救済のためにつくられた。『私が直接縁を持った満映の幹部クラスは、甘粕正彦(社長)の側近といわれた赤川孝一、企画演出畑にいた岡田孝之、坪井與の御三方であった』という。
坪井氏は東横映画撮影所企画宣伝部長としてラツ腕を振るい、岡田茂元会長も製作を担当していたが、後日撮影所次長から映倫審査委員となった渡辺達人の各氏が所属、俳優小杉勇が監督したりと、この撮影所の雰囲気は多分に野武士的で、活気に満ちていた。