今春『小津安二郎 大全』(松浦莞二・宮本明子編著。発行朝日新聞出版)が出た。松竹蒲田と大船撮影所時代で子役と録音技師だった末松光次郎氏がインタビューに答えて「作品の最後の仕上げ、音楽を入れるときに、小津さんは御前演奏っていうのをやるんですよ」というくだりが出てくる。筆者が「東京物語」の音楽を担当した斎藤高順先生にインタビューしたときにも同じように言われたことを思い出した。「小津監督は曲が完成すると、録音日の一週間か十日前には、ほぼ同じ編成で演奏する。それが、“御前演奏会”ですね」。松竹が小津安二郎生誕90年フェアのひとつとして松竹編『小津安二郎新発見』(発行講談社、93年刊。02年+α文庫)を出したときの思い出。東京都世田谷区の自宅に呼んでいただいた。そのときの高順先生は、楽しそうに当時のことを振り返り「監督が『いいねえ』と誉めてくれまして、NGはひとつもなし。うれしくて録音日まで家で酒飲んで寝ていました(笑)」とごきげんだった。謎なのは、小津監督がNGなしと言っているのに、紀子(原節子)の部屋に義母(東山千栄子)が訪ねてきて一夜を世話する場面。御前演奏会ではOKなのに、録音日にはNGとなり、本当に小さな音量でしか聞こえないのだ。何があったのだろうか。(つづく)
小津組の御前演奏会とは
