故北原遥子さんのこと

昭和60年(1985)8月12日を忘れない。その日の夕方、大阪の新聞記者時代で、大阪市役所の報道担当者と喫茶店で歓談中にポケットベルが鳴った。KADOKAWA「沈まぬ太陽」の世界を大阪で実体験した身にとって34年前、日航ジャンボ機墜落事故の記事に、つい目をとめてしまう。12日付読売新聞朝刊社会面に『娘へのファンレター 亡きタカラジェンヌの母』という記事に吸い寄せられた。このジェット機に元宝塚歌劇団雪組娘役、北原遥子さん(本名吉田由美子。当時24歳)が乗っていた。67期生。北原さんは退団後、映画出演など女優の仕事をしていたこの日、知人に会いに行くため同機に搭乗、犠牲になった。
母親の吉田公子さん(85)は昨年末、親子で暮らした横浜市内の家を処分。遺品を整理中に数えきれないファンレターを見つけた。その一通には「こんなに早く返事をくださるなんて」の1節を見つけた。北原さんの返事に感激したファンからの手紙もあったはずだ。熱心な女性の宝塚歌劇ファンはファンレターを書く。恥ずかしながら、別れた妻の妹は熱心以上のファンだったからわかる。スター直筆の返事が届くことはうれしいを通り越す重大な出来事。御巣鷹の尾根に登った公子さんは30箱以上もある遺品のファンレターを一通一通ゆっくり目を通しはじめていることだろう。

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