コラム|私の履歴書・橋田壽賀子②

日本経済新聞の人気連載企画「私の履歴書」。5月は、脚本家の橋田壽賀子さん(93歳)。松竹大船撮影所脚本養成所出身。12日付の小見出しは「撮影所」で、大見出しには「女をバカにする男に嫌気」。本文はいきなり「松竹の脚本部員になったのはいいものの、今で言うパワハラの連続で参っていた私だが、少しはいい思い出もある」。1950(昭和25)年9月に公開された大庭秀雄監督の「長崎の鐘」の脚本を手伝っていた話を披露する。
大船撮影所を拠点に活躍していた大庭監督は時おり、京都撮影所でも撮った。大庭監督は鮒屋(ふなや)が常宿で、橋田さんもここに通った。一室があてがわれ仕事部屋となり、東京脚本部の中心だった新藤兼人さんから届く構成に沿って、先輩脚本家光畑碩郎さんと橋田さんで各場面を組み立てたという。大庭監督は新しい考えの持ち主で、橋田さんを男と対等に扱った。やがて宣伝ポスターが刷り上がり、橋田さんは飛び上がらんばかりに喜んだことだろう。新藤、光畑両ベテランに加え橋田さんの名前も並んだからだ。後日談は、
13日付の「母の死」。お母さんが亡くなり病室を整理するところに「布団の下から、私を取り上げた雑誌のグラビアやインタビュー記事が出てきた」と書き、「長崎の鐘」宣伝ポスターも一緒にあった。(つづく)

タイトルとURLをコピーしました