11-26コラム|二代目中村鴈治郎の芸談

小津安二郎監督の松竹外部作品3本のうち、「浮草」「小早川家の秋」に主演を務めた二代目中村鴈治郎(一九〇二-一九八三)の芸談を集めた「鴈治郎の歳月」(藤田洋編。文化出版局・一九七三年刊)を歌舞伎座近く古書の木挽町書店で見つけた。父親の初代鴈治郎は松竹の創業者のひとり、白井松次郎翁と提携。関西歌舞伎で活躍し、東京へも進出した。
さて二代目。当時、翫雀を名乗っていた。戦後すぐに白井会長(当時)から二代目鴈治郎襲名を勧められたと書く。昭和22年襲名。3年後歌舞伎俳優を引退。溝口健二監督に誘われ映画の道へ。黒澤明、成瀬巳喜男と小津安二郎監督の巨匠・名匠たちに起用された。宝塚映画作品・東宝配給「小早川家の秋」(同36年)の話。「私が小早川万兵衛で、家を抜け出して妾のところへ遊びに行きたい、けど家は出にくい、下駄をそっととって『もういいかい』『まあだだよ』をくり返しながら表へ出て『もういいよ』と飛び出して行くシーンを何度もくり返す」。なかなか本番OKにならない。小津監督は付き人に「鴈治郎さん、怒っているだろうね、けどこのシーンが好きなんだ、何度やってもらっても、おもしろくてね」と。ははん、あの場面かと頭に浮かぶ。その後、歌舞伎に復帰し、名優となり、芸術院会員、人間国宝、文化功労者となった。