コラム|わが刻(とき)はすべて演劇

11月22日は、松竹創立記念日。創業者のひとり、大谷竹次郎翁(一八七七-一九六九)が京都・新京極にある阪井座の興行主(仕打ち)になったことをもって創業としている。時に明治28年(一八九五)、18歳だった。竹次郎翁の有名な言葉は「わが刻(とき)はすべて演劇」。東京・歌舞伎座2階エスカレーターを上がったところの大時計に飾られている。当時の娯楽は歌舞伎など演劇。この言葉には後年手がける映画などエンタテインメントすべてが込められている。松竹は映画事業にも進出し、大正9年(一九二〇)松竹キネマを創立して第1作「島の女」を製作。歌舞伎座で初興行。その歌舞伎座1階正面には、もうひとりの創立者、白井松次郎翁(一八七七-一九五一)とともに銅像が置かれている。現在、新開場した京都・四條南座では恒例の顔見世興行東西合同大歌舞伎が行われている。来月も引き続きの顔見世となるが「南座発祥四百年南座新開場記念」の冠と一緒におふたりの「追善」の文字も付き、12月1日初日を迎える。
大谷竹次郎翁は長年の映画演劇に功績が認められ、昭和30年(一九五五)紫綬褒章、文化勲章を受章、同42年(一九六七)には勲一等瑞宝章を受章。「男はつらいよ」シリーズ第一作公開の同44年(一九六九)12月27日死去。92歳。同日付で正三位を追贈されている。