コラム|津川雅彦の遺した仕事

俳優で映画監督の津川雅彦さんが4日亡くなっていたことが、7日深夜わかった。78歳。死因は心不全。葬儀は近親者で済ませた。喪主は一人娘の真由子さん。四代目澤村國太郎と日本映画の父牧野省三監督の娘マキノ智子を両親に持ち、兄は故長門裕之さん。太平洋戦争中の大映京都「狐の呉れた赤ん坊」で子役デビュー。再デビューは日活「狂った果実」、松竹へ転じ木下恵介監督ら数々の名匠の映画に出演。フリー後は叔父のマキノ雅弘監督の東映「日本侠客伝」「昭和残侠伝」各シリーズではコメディリリーフとして記憶に残る。その後は伊丹十三監督の東宝「マルサの女」の国税局査察部統括官役と山下耕作監督の東映「夜汽車」でキネマ旬報助演男優賞。筆者としては、山下組の末席としては東映「極道の妻たち最後の戦い」で間近に真摯な演技への取り組みを見た。映画監督への挑戦は遅く、マキノ雅彦名義で「寝ずの番」「次郎長三国志」など三本撮った。
芸能事務所のグランパパプロダクション社長では女優黒木瞳を育てた。晩年は保守派の論客として過激な発言も。あまりに激しいため、東京では放送できない(?)読売テレビ系「そこまで言って委員会」に出演し、生ぬるい発言の左派らしいコメンテーターをこき下ろしていた。紫綬褒章、旭日小綬章を受章。